日経ビジネス1.10号で中曽根元首相の記事が。
学力向上よりも「心の軸」をまず養え から抜粋。
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心の軸とは、嘘を言ってはいけないとか、親を大事にするとか、人間として生きている基本の型、いわば自己規律です。小学校の場合、そういうことは先生が生徒に、厳しさと同時に愛情を持って教え込むしかありません。中学校になると、今度は家とか世界とか、自分と外部との関係を認識させる。高校では志、大学では使命感を持たせるのが各学校の役割でしょう。
ところが、戦後教育はそうした自律的、道徳的な心構えを教えることがないまま、米国の方針を丸のみにして個性化・自発化を指導してきました。自由を履き違えて、「自由奔放」が最も追求すべき価値になったのです。
米国人にはキリスト教という自己規律のバックボーンがあった。これに対し、日本は戦前、「修身」という科目があって、自己規律が生徒の頭の中に埋め込まれていました。戦後はそれが根こそぎ奪われ、先生も家庭も、「教える」という規範や資格がないまま、指導に当たってきました。
教育の一番の基本は感激を持たせることです。技術的なことばかりいろいろ言っているが、基本の軸がない。いわば、今の教育は漂泊している。
そうした状況で、小学校の先生も大学教授も父親も母親も悪いことをする。まさに非教育的な洪水の中に、子供たちは置かれています。働かない、勉強もしない、いわゆる「ニート」と呼ばれる若者の増加も、そういうところに原因があると私は思っています。
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中曽根氏の論調はかなり極端だと思うが
「心の軸」がない、という観点では共感できる。
もっといえば、心の軸が多様化している、とも言える。
そして各人がばらばらな状態だ。
それらに秩序を与えたいという力と、ばらばらに拡散していく力の
せめぎあいではないか。
私は心の秩序についてよりも、どうばらばらになっていくのかに興味がある。
